どうも、元道(ゲンドウ)です

 

僕は小学生の時に将来の夢が

医者だったのですが

 

なぜ医者になりたいと思っていたのか?

今はどんなことをやっていきたいのか?

 

ということを説明しつつ、

僕が健康の情報発信を始めた

きっかけを書いていきます

 

小学生までとんでもない虚弱体質で学校に通えなかった

 

まずは自己紹介です

 

僕は小さい頃から

かなりの虚弱体質で

入院ばかりしていました

 

今そんなことを言っても

誰も信じてくれませんけどね

 

低体重児として生まれて、

しばらく保育器の中で

育っていたそうです

 

その保育器が1日100万円の

費用がかかるものだった

と親がよく言っていたのですが

 

よくよく聞いてみると

その費用は親ではなく、

医療費から出ていたので

 

「そんなに恩着せがましく言う?」

と思った記憶があります

 

また、喘息持ちで

小学4年生くらいまでは

ずっと喘息の発作に悩まされていました

 

喘息ってなったことがないと

どんな発作が起きるか分からないと

思うのですが、

 

簡単に言うと、

呼吸することができなくなります

 

発作の度に

ヒューヒュー、ゼーゼー

という感じで息が苦しくなって

 

ひどい場合は、

入院しないといけなかったです

 

入院ばかりで

小学校には3分の2くらいしか

通えていなかったと思います

 

典型的な小学生らしい理由で将来は医者になりたいと思ったけれど・・・

 

そうなると、病院で生活する時間が

確実に健康な人より長くなりますね

 

何となく分かってもらえると

思うのですが、

 

入院生活が長い子供に

「将来の夢は?」って聞くと

 

結構、

「お医者さんになりたい!」

「ナースさんになりたい!」

という答えが返ってくることが

多いんですね

 

僕も例から外れずに

「お医者さんになりたい!」

という子供でした

 

子供の目から見ると

「自分のことを助けてくれる

お医者さんはカッコイイ!」とか

 

「困っている人を助けられる

ような仕事をする大人になるんだ!」とか

 

思うわけですよ

 

つまり、当時の僕にとって

お医者さんはスーパースターです

 

だから、あんまり

「社会的地位が高い」とか

「給料が良い」とかの

理由でなりたいと思ったわけではない

ということですね

 

テーマが決まっていなかったのですが

小学生の時の卒業文集にも

 

「将来の夢は医者です」

 

と書いています

 

医者ではなかった!本当にやりたかったことに20歳になってから気づいた

 

そんなこんなで

僕は生涯ずっと病院で

お世話になるタイプの子供

ではなかったので

 

中学生くらいからは

全然入院せずに済みました

 

発作が出なくなったのですが

これは成長に伴う

体力の増加によって

症状が抑えられているだけなので

 

原因を取り除かずに、放っておいたら

体力が低下する中年期以降に

また喘息に苦しむことになります

 

でも、中学生の時は

「喘息が治った」

と勘違いしていました

 

ただ、慢性鼻炎で

年中、鼻水がダラダラで

ティッシュが手放せなかった

という問題は残っていました

 

まぁ、喘息の発作で

昼夜問わず苦しむよりは

全然良いですね

 

そんな状態でも、

頑張って勉強して

「将来は医者になって

夢を叶えるぞ!」

と思っていました

 

そこから大学生になるまで

医者になるために

自分なりに頑張って

勉強したつもりでしたが

 

上手くいかなくて

志望校を下げに下げて

 

結局、大学は

一応医療系なのですが

医者ではなく、診療放射線技師という

レントゲンやCTをやる仕事のための

学科に入ることにしました

 

と言っても、

大学1年の終わりくらいまで

なかなか吹っ切れなくて

 

仮面浪人して別の大学で

医者を目指そう!

とか考えていましたね

 

というのも、高校生くらいまで

ちゃんとした勉強の仕方が

よく分からなかったことを

まだ引きずっていて

 

大学生になっても

効率の良い勉強法とかを

まだ探していたんですね

 

でも、仮面浪人的な勉強と並行して

大学の勉強を続けているうちに

 

「診療放射線技師だって

結構人の役に立ちそうだし

部署によっては

年収1000万円以上いくから良いかな?」

とか思って

 

だんだん医者ではなくて

診療放射線技師になる方向性で

生きていこうと思い始めました

 

だから、大学2年の時には

学科の2年生なら

5年に1人合格者が出たら良い方

という合格率が30%くらいの

国家資格も取得しました

 

第1種放射線取扱主任者

という資格です

 

ここに来て、

「効率の良い勉強法の勉強」が

役に立ちましたね

 

なぜ2年生で合格できる人が

ほとんどいなかったかというと

 

この国家資格の出題範囲が

3年生の後期で習い終わるからです

 

しかし、僕は

大学の定期試験の勉強と並行しながら

2か月ほど集中して勉強して

合格することができました

 

大学1年の時は

あまり勉強に専念していなくて

大学の成績は下から数えた方が

早かったので

 

大学の教授や同級生が

みんな驚いていましたね

 

医者もやっている学科長が

「大学の成績って関係ないんだね」

と言っていたのを覚えています

 

だから、

この調子でしっかり勉強していけば

将来安泰だろうと思っていました

 

ところが、それからしばらくして

大学病院にあるコンビニに置いてあった

本を読んで今までの考え方が

180度ひっくり返りました

 

そして、病院の役割が

ハッキリと分かりましたね

 

病院の役割とは

「交通事故などで大ケガをした人の

命を助けること」だけですね

 

これ以外の役割もありますが

基本はこれだけです

 

それはあなたの悩みの原因

全て解説した悩みのピラミッドを

理解すれば分かることです

 

そこから

「今のままで良いのかな?」

と思い始めました

 

「このレールに乗っていて

健康の悩みを抱える人の

役に立つことができるだろうか?」

ということです

 

そういうことを自分の頭で

しっかり考えられるようになってから

健康へ対する興味が更に高まっていき

 

当時の僕が抱えていた

健康の悩みと向き合うことができました

 

どんな悩みかと言うと猫背です

 

当時は僕の猫背の原因が

背骨や筋肉にあると思っていたのですが

実際は全く違いました

 

実は内臓にありました

 

全ての猫背がそうだとは

限らないのですが

 

おかげで無駄な矯正手術を

受けずに済みました

 

このように悩みの原因を

考えるようになっていったので

 

健康にとって何が重要か

分かるようになりました

 

だから、僕はブログでいつも

「悩みの原因を取り除いてください」

とずっと言っています

 

逆に「医療」を教える大学では

「症状を抑えよう!」

という話ばかりしています

 

そうして、

新しい健康に対する考え方を

深めていくうちに

 

小学生の時の将来の夢が

医者だったことについて

完全に考えがまとまりました

 

僕にとって、医者とは

病気を治せる人です

 

しかし、現実は違いました

 

例えば、僕の喘息で考えれば

よく分かるのですが

 

現実の医者は、

僕の喘息の発作が起きてから

止めるだけで、

 

僕の喘息の根本的な

原因を解決してくれた

わけではありませんでした

 

何度も再発するということは

ただ症状を抑えていただけで

根本的に治していない

ということですよね?

 

もし、解決してくれていたら

僕は、何度も入院する必要はなかったし、

 

「こんなに入院費がかかって!」

と親から嫌味を言われる

こともなかったはずです

 

だから、僕の理想の医者と

現実の医者には大きな解離が

あることに、20歳になって

ようやく気付いたわけです

 

つまり、僕がやりたかったことは

「医者になること」ではなかった!

ということです

 

僕が本当にやりたかったことは

突き詰めて考えると

「健康の悩みを抱えている人の役に立つ」ということです

 

僕はそのことに

早い段階で気づくことができて

本当に良かったと思っているし、

 

そのおかげで

健康コンサルタントという仕事を

始める事ができました

 

医者という「職業」に

しがみつくことが

なくなりました

 

重要なのは、

社会に、人に

どんな影響を与えるか?

ということです

 

医者が対症療法をするばかりで

根本的な治療はやってくれない

ということに気がついたら

 

医者になるのをやめて

他の方法を考えて

行動に移していけば良いです

 

ただ、多くの人は

それに気が付かないし、

 

万が一気が付いても

医者という職業を

手放せない人がほとんどです

 

ただ、救命救急を

どうしてもやりたいから

「医者になりたい!」

という場合は

 

医者を目指して頑張れば良いと思います

 

まとめ

 

ということで今回は

小学生だった時の僕が

 

本当にやりたかったことは

医者という職業ではなくて

健康の悩みを抱える人の

役に立つことだったという話でした

 

 

では失礼します