小学生までとんでもない虚弱体質で学校に3分の2くらいしか通えなかった僕

 

どうも、元道(ゲンドウ)です

 

僕は小学生の時に将来の夢が

医者だったのですが

 

なぜ医者になりたいと思っていたのか?

今はどんなことをやっていきたいのか?

 

ということを説明しつつ、

僕が健康の情報発信を始めた

きっかけを書いていきます

 

そもそも僕は小さい頃は

かなりの虚弱体質で

入院ばかりしていました

 

今そんなことを言っても

誰も信じてくれませんけどね

 

低体重児として生まれて、

しばらく保育器の中で

育っていたそうですね

 

また、喘息持ちで

小学4年生くらいまでは

ずっと喘息の発作に悩まされていました

 

喘息ってなったことがないと

どんな発作が起きるか分からないと

思うのですが、

 

簡単に言うと、

呼吸することがままならない

ということですね

 

なぜ発作が起きていたかは

今となっては分からないのですが

 

発作の度に

ヒューヒュー、ゼーゼー

という感じで息が苦しくなって

 

ひどい場合は、

入院しないといけなかったですね

 

入院ばかりで

小学校には3分の2くらいしか

通えていなかったと思います

 

典型的な小学生らしい理由で将来は医者になりたいと思ったけれど・・・

 

そうなると、病院で生活する時間が

確実に健康な人より長くなりますね

 

何となく分かってもらえると

思うのですが、

 

入院生活が長い子供に

「将来の夢は?」って聞くと

 

結構、

「お医者さんになりたい!」

「ナースさんになりたい!」

という答えが返ってくることが

多いんですね

 

僕も例から外れずに

「お医者さんになりたい!」

という子供でした

 

子供の目から見ると

「自分のことを助けてくれる

お医者さんはカッコイイ!」とか

「困っている人を助けられる

ような仕事をする大人になるんだ!」とか

思うわけですよ

 

だからあんまり

「社会的地位が高い」とか

「給料が良い」とかの

理由でなりたいと思ったわけではない

ということですね

 

医者ではなかった!僕が本当にやりたかったことに医療系大学生になってから気づいた

 

そんなこんなで

僕は生涯ずっと病院で

お世話になるタイプの子供

ではなかったので

 

中学生くらいからは

全然入院せずに済んだんですけどね

 

まぁ、鼻炎とかで

年中、鼻水がダラダラで

ティッシュが手放せなかったのですが

 

まぁ、喘息の発作で

昼夜問わず苦しむよりは

全然良いですね

 

そこから大学生になるまで

医者になるために結構

自分なりに頑張って

勉強したつもりでしたが

 

結局、大学は

一応医療系なのですが

医者ではなく、診療放射線技師という

レントゲンやCTをやる仕事のための

学科に入ることにしました

 

と言っても、

大学1年の終わりくらいまで

なかなか吹っ切れなくて

 

仮面浪人して別の大学で

医者を目指そう!

とか考えていましたね

 

というのも、高校生くらいまで

ちゃんとした勉強の仕方が

よく分からなかったことを

まだ引きずっていて

 

大学生になっても

効率の良い勉強法とかを

まだ探していたんですね

 

でも、仮面浪人的な勉強と並行して

大学の勉強を続けているうちに

 

「診療放射線技師だって

結構人の役に立ちそうだし

部署によっては

年収1000万円以上いくから良いかな?」

とか思って

 

だんだん医者ではなくて

診療放射線技師の方向で

生きていこうと思い始めました

 

だから、大学2年の時は

学科の2年生なら

5年に1人合格者が出たら良い方

という合格率が30%くらいの

国家資格も取得しました

 

ここで、「効率の良い勉強法の勉強」が

役に立ちましたね

 

この国家資格の試験範囲が

大学3年で学ぶことが大半だったのですが

 

大学の定期試験の勉強と並行しながら

2か月ほど集中して勉強して

合格することができました

 

大学1年の時は

あまり勉強に専念していなくて

大学の成績は下から数えた方が

早かったので

 

大学の教授や同級生が

みんな驚いていましたね

 

この調子でしっかり勉強していけば

将来安泰だろうと思っていました

 

ところが、それからしばらくして

大学にあるコンビニに置いてあった

本を読んで今までの考え方が

180度ひっくり返りました

 

そして、病院の役割が

ハッキリと分かりましたね

 

ちなみに病院の役割とは

「交通事故などで大ケガをした人の

命を助けること」ですね

 

これ以外の役割もありますが

基本はこれですね

 

そこから僕は

「今のままで良いのかな?」

と思い始めました

 

「このレールに乗っていて

健康の悩みを抱える人の

役に立つことができるだろうか?」

ということですね

 

そういうことを

しっかり考えられるようになってから

僕の健康へ対する興味が高まっていき

 

当時の僕が抱えていた

健康の悩みと向き合うことができました

 

どんな悩みかと言うと猫背です

 

当時の僕は僕の猫背の原因は

背骨や筋肉にあると思っていたのですが

実際は全く違いましたね

 

また、僕が現在コンサル生に

整体院を紹介しています

 

もちろん僕が通ったことがある

整体院ではありません

 

僕が自信を持って

行ったことがない他県の整体院を

コンサル生にオススメできるのは

 

健康にとって何が重要か

分かるようになったからですね

 

そうして、

新しい健康に対する考え方を

深めていくうちに

 

僕が小学生の時の将来の夢が

医者だったことについて

完全に考えがまとまりました

 

僕がやりたかったことは

「医者になること」ではなかった!

ということです

 

どういうことかというと

仕事ってあくまで

手段なんですよね

 

手段というのは

目的を達成するための

道具のようなことです

 

僕がやりたかったことは

突き詰めて考えると

「健康の悩みを抱えている人の役に立つ」ということです

 

だから、別に

手段である仕事に

しがみつかなくても良いんだ

ということに気がつきました

 

それがたとえ

その仕事のために

何年も何十年も時間を

かけてきたとしても

 

目的が達成できそうにない

ということに気がついたら

どんどん切り替えていけば良いです

 

今までかけてきた

時間が惜しいからと言って

手段にしがみついていても

 

人の役に立つことはできないし、

自分のためにもなりません

 

これをコンコルド効果と言って

パチンコ屋さんの名前にも

使われていますね

 

僕はそのことに

早い段階で気づくことができて

本当に良かったと思っているし、

 

そのおかげで

健康コンサルタントという仕事を

始める事ができました

 

この考え方はあなたも

応用することができます

 

あなたがやっている仕事が

あなたの目的達成のための

唯一の正しい手段であると

確信できるなら続ければ良いですが

 

もしそうでないと気づいたら

別の選択肢も考えてみましょう

 

もしかしたら、

その選択肢の方が

人の役に立ち、

そしてあなた自身のためにもなる

かもしれないです

 

ということで今回は

小学生だった時の僕が

本当にやりたかったことは

医者ではなくて

健康の悩みを抱える人の

役に立つことだったという話でした

 

 

 

次は医療系の大学で学ぶことは

「医療」であって「健康」ではない

という話です